センセーショナルに報じられたASKA氏の逮捕。有名人の薬物による再逮捕は確かに話題性抜群だろう。ワイドショーはこぞってこの逮捕劇を報じ続けたが、今回はさすがにやり過ぎた。これまでなら「ASKA逮捕」が一報となり、その後にあることないことの過熱報道が始まり、捜査関係者しか知り得ない情報が面白おかしく垂れ流されるのがベターだ。当然、拘留中の容疑者に反論する術はない。


この点については、保釈後に私が取材を受けた地方紙の記者との応答が思い起こされる。記者は「反論できない状態での一方的な報道は申し訳なかった」と謝罪した上で、誤った内容に関する訂正記事の掲載については「検討します」とし、また、その情報源については「秘匿事項で・・・」と、私にはその様子に反省や詫びの姿勢があるようには思えず不快に感じた。


今回のASKA氏の報道に関しては、逮捕状も出ていない段階で「ASKA元被告逮捕へ」と逮捕事実の発生前に報道がなされ、ASKA氏自身がブログやTV番組の電話取材に応じて報道内容を否定する様子が生中継された。当然、ASKA氏の自宅前にはマスコミが集まり、身柄確保の瞬間が実況中継されるという事態になった。私は報道が先で逮捕が後という通常では考えられない経過に驚かされた。


この驚きをTwitterで呟くと「警察の情報漏えいなんて、当たり前でしょ」と返ってきたが、社会全体はこのことを当たり前として許容しているのだろうか。


ネット上ではマスコミの行き過ぎた取材の様子や、使用された映像などに非難の声が上がっているようだが、最も問題視すべきは警察のリークと報道の先走りにあるだろう。さらに言えば、両者のズブズブな関係こそが非難されるべきだ。この「ズブズブな関係」という表現は、ある記者が語っていた言葉であり、私には記者が自らの現状を嘆いているように思えた。


年内に続いた、清原、私、高知、高樹、ASKA(敬称略)の同じような薬物事件の内容と報道には、僅ではあるが明らかな違いがある。それは逮捕後に報道される情報源が明らかなものと、不明なものだ。高知と高樹は厚生局麻薬取締部が逮捕しており、その後の報道内容も簡素で「麻薬取締部によると・・・」と情報源が明示された。一方、清原、私、ASKAは警察に逮捕され、ご存知のように面白おかしく報道されて情報源は「捜査関係者への取材によると・・・」となっている。


警察のリーク(情報漏えい)に関しては「逮捕後に見た世の中のタブー」に記述したが、更には、世間にある犯罪者への処罰感情から守秘義務違反が問題視されないことを賢察し、予算と労力を必要としない都合の良い宣伝・PRの武器(矛)として利用価値が見出されている。しかし、本来「職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない。その職を退いた後といえども同様とする。」という法律上の規定があり、 地方公務員法(第34条1項) 、また 国家公務員法(第100条1項) の規定がそのまま警察官にも適用されるのだ。


この癒着関係からの違法な報道が堂々と許されているのはなぜか。そのひとつには「一般予防」という観点が、この無法状態を正当化する「盾」になっているのだ。事実をより恐ろしく、大げさに報じることによって犯罪を抑制するという考え方だ。例えば、覚醒剤の再犯率が70%というコメントを見かけたが、これもその類の誤った情報のひとつで、A罪で有罪になった者が再びA罪で有罪になる割合を同種再犯率と言うが、覚醒剤事犯の同種再犯率は24.7%である。確かに「覚醒剤は使用者の7割が再犯する」と聞けば、かなり恐ろしく抑制効果はあるだろう。


この一般予防の観点を否定はしない。犯罪を抑制することは間違ったことではない。しかし、誤った情報の流布や、上述の無法状態を正当化する理由にはならない。例えば覚醒剤を断とうとする者にとって「7割が断念する」と聞かされることは、更生を阻害する要因に他ならないだろう。上述の警察の矛と、報道の盾に関してはこの辺で冷静に議論をすべきだと考える。犯罪者を処罰することと、組織の宣伝・PRやメディアの視聴率の為に、ドラマチックでサスペンス性のある見世物に仕立てることの善悪は、きちんと分けて考えなければいけない。


今回のASKA氏の件は、明らかに行き過ぎている。報道されたのが14時半頃であるのに、逮捕が20時頃という点にも恣意的な考えが介在しているのだろう。結果的にTVやマスコミはその間ずっとASKA氏を追い、20時頃には逮捕が新たな展開として報じられたわけだ。お気付きのとおり、この間には逃亡するリスクも生じるし、自殺という最悪の結果も招きかねない。


ASKA氏は現在「弁護士が来るまで何も話さない」と報道されていた。当然、これも警察しか知り得ない情報だ。この権力と報道機関の癒着関係は、決して私たち国民の利益にはならない。必ず被害をもたらすだろう。国民の正義の味方である警察に、ASKA氏が頑なに口を閉ざす姿は犯罪者と警察という構図の他人事ではないのだ。


この情報漏えい甚だしい取調べの状態を経験しているASKA氏が、何も語らないのは当然のことだろう。あなたは上述の 昂進する警察の矛と報道の盾が私たち国民に向いていると知った上で、この「容疑者」の姿勢をどう感じるのだろうか。