「犯罪者が何を!」と非難されるかもしれない。今、こうして執筆していても、その恐怖が度々脳裏をよぎる。それでも私が告白にも似た感情や経験を記すのは、様々な困難や問題、生き辛さを抱えている人々が大勢いることを実体験から学び知ったからだ。自分の為にも、彼・彼女らの為にも黙っていてはならないと思い、また、何よりも以前の自分らしく、前向きに生きることが後述する友人や、あたたかいメッセージをくれた方々への恩返しなのだと考えている。


元衆議院議員で服役された山本譲司氏の著書「累犯障害者」のあとがきには、自身の体験から「出所者コンプレックス」と表現されてる。これは、刑務所を出所した人間の多くが自己嫌悪に苛まれ、社会から排除されているような劣等感に襲われてしまう精神状態を形容した言葉だ。しかし、刑務所に居た人間だけがこの経験をする訳ではない。私も同様の精神状態を経験している。おそらく、現在も完全には抜け出せていないだろう。私は自分を当てはめて、これを「犯罪者コンプレックス」と呼ぶことにした。


好奇の恐怖、背徳による制裁でも記述したが、私が最初に苛まれたのは笑顔に対する背徳感だった。保釈時に制限住居となった友人宅での生活では、友人家族が私や妻、特に息子を楽しませようと気遣い、私たち家族を様々な場所へ連れ出してくれた。果物狩りや、郊外の公園、釣り、バーベキュー。私は料理の楽しさも教わった。議員在職中には一度も経験しなかった楽しみを私に教えてくれたのだ。


しかし、多くの人たちが楽しむ場においても、私は常に周囲を気にして俯いていた。その自らの心理を自覚したのは、保釈日の夜のこと。私は友人の誘いでスーパー銭湯に入店し、スーツ姿の自分が場違いに思え足早に店内を進んだ。すると、友人が大勢の人が寛ぐ大広間のTV画面を指差して「あ!ニュースやってますよ!」と、笑顔で振り向いた。


友人にしてみれば軽いジョークだったのだろう。しかし、数時間前まで群れをなすマスコミにカメラを向けられていた私は、顔を上げることが出来なかった。そのTV画面に、自分が映し出され周囲が私に気がつくのではと考えると、心の中は恐怖でいっぱいになった。見渡せば、皆が歓談し料理や会話を楽しみ、TVに注視する人が稀であることは容易にわかる。それでも「気がつくわけがない」と、頭では冷静に考えることが出来ても、心や感情は臓器ではないだけに、脳でコントロールすることが非常に難しい。いや、コントロールが出来ないのだ。


些細なことから不安に陥ったり、自らを奮い立たせたりすることが、日に何度も繰り返された。私はある日、レジャー施設で友人に詫びるように自らの感情を吐露したことがある。「今、この場に俺のことを知る人がいて、俺が笑顔で楽しむ姿を見たらどう思うかな。きっと不愉快に思うだろ。そう考えちゃって、折角なのに楽しむことが出来ないんだよ。雰囲気を壊してたら、ごめんね・・・」と話した。


友人は「気にしすぎですよ!」「そこまで有名じゃないっすよ!」と、笑顔で返してくれた。こうした言葉を数えきれない程に掛けて貰い、何度も励まされ、何度も何度も背中を押してくれたことを思い返し、ここに綴りながらも、深い感謝から涙が溢れてくる。


こうした心境や心理状態は、経験した者にしか分からないだろう。私に友人の存在がなければ、自分だけではなく、俯き、人目を忍び、引き篭もるような生活に家族をも巻き込んでいたかもしれない。もし、そうなっていてたら、最も大切な家族を不幸にしている自分を許せず、最悪の結果に至ってしまうことも容易に想像ができる。


過ちを犯した自分が悪いことを多くの犯罪者は理解をしている。留置施設で出会った彼らからも、一様にそれが感じとれた。犯罪者というレッテルに大差はなく、私のように執行猶予で社会に戻る者、刑務所を経て社会に戻る者、全ての犯罪者が(死刑を除き)例外なく社会に戻ってくるが、特に、更生、社会復帰を望む者ほど、笑顔を取り戻すことが困難なのだろう。


更生、社会復帰を困難にする原因については『 犯罪者になり知った「社会の片隅」』に記述したが、如何に社会が"元"犯罪者に対して寛容になったとしても、人間は上述したような犯罪者コンプレックスを感じずにはいられないだろう。手術や医療ではコントロールできない感情を抱くのが人間という生き物なのだ。実際、家族や友人の支えに恵まれた私でも、保釈されてから前を向き始めるまでに半年以上の時間を要している。完全に元の自分に戻る日は来ないのかもしれない。


この犯罪者コンプレックスからの脱却が可能であると信じたいが、現在の私はそこに確信が持てないでいる。「道半ば」ということなのだろうか。何を達成すれば至ることが出来るのか。どこに目標を定めれば良いのか。犯罪者コンプレックスの克服に教科書もプロセスも存在しない。こんな感情を抱いている人間の存在を知らなかったこと、関知しなかった事を、私は議員であった過去を振り返り恥じている。犯罪者に限らず「生き辛さ」を抱えた人が大勢いるであろうことを実感したからだ。


不安や恐怖、罪悪感から怯えるような心境にあった私に、前を向かせてくれたひとつの切っ掛けを最後に記しておく。


私の罪は薬物事犯であり、被害者が存在しない犯罪と言われている。最初にこの事を教えてくれたのは留置施設で知り合った40代の男だ。彼は右手の人差し指を突き出し「これが加害者」、その右手で左腕を指差して「こっちが被害者」と注射をする素振りをしながら、「どっちも自分、何が悪い?」と言った。つまり、誰にも迷惑をかけていないと言いたいのだ。これが示すように、薬物事犯は「反省」出来ない者が多い犯罪でもある。


私を前に向かせてくれたのは、この「反省」が大きく影響していると思う。その影響をもたらしたのは、意外なことにFacebookであった。ある日Facebookに1年前の日記が表示され、私に対するコメント欄に「あなたのお陰で初めて政治に関心を持ちました。応援しています。頑張ってください。」と書かれていた。それを見た私は深くため息を漏らした。


もちろん、逮捕以来これまでに多くの方々の顔を思い浮かべては「申し訳ない」という思いが頭を巡っていた。しかし、この顔の見えない相手からのコメントが、最も強く私に反省を促がす切っ掛けとなった。「政治の信頼を取り戻す」「声なき声に耳を絡むける」という、自らの原点を自ら破壊し裏切ったことを強烈に痛感したのだ。


以来、私は前を向いて更に生きるという決意が一段と強まったように感じている。読んで字のごとく「更に生きる」ことが更生であると知り、更生することでしか罪を償う術が見つからないからだ。発信すれば多くの非難を浴びることを覚悟して、ブログの更新を再開したが、顔の見えない多くの人たちから励まされ、また、新たな期待を寄せていただいている。


人生は一度きりだ。そのなかで多くの人に助けられ、今を生きている。過ちや失敗に耐えられずに、自ら人生を終わりにすることは許されない。ならば、懸命に恩を返して生きることで、いつか犯罪者コンプレックスから解放されると信じて、前を向いて歩むしかない。